【第1章】
3年40人のクラスの子どもたちの中に、軽度発達障害児が、6名。
コンピュータを使った指導は、既に1年生の時から、行われている。3年2学期現在、クラス全員の40名が、ローマ字入力スキルをもつ。その指導は、中休みのコンピュータ室開放時に、子どもたちが自発的に行うキーボード練習によって、培われてきた。
このクラスは、決して、統制が取れたクラスとは言えない。カーペットが敷かれたコンピュータ室では、時に、プロレスごっこから、とっくみあいの喧嘩に発展することもある。普通教室より1.5倍の広さのコンピュータ室では、教師の声も隅々まで、通るはずもなく、一斉指導は、なかなか至難である。
3年次のコンピュータ指導の内容は、他校よりも非常に高いモノである。ワープロソフトでのレポート制作、プレゼンテーションソフト(PowerPoint)でのスライドレポート制作、インターネットやエンカルタ(百科事典ソフト)からの資料収集と編集と、小学3年生の活動としては、高いコンピュータリテラシーをもつ。更に、既に子どもたちには、コンピュータのファイル構造も認知させている。
今日の新しい課題は、友だちの制作したプレゼンスライドレポートを鑑賞し、イントラネットのメール機能を使って、友だちに作品評価をすること。
コンピュータの効率性、この特性が活かされた授業プランである。
児童の支援と観察
〈男児A君〉
2時間続きの90分の中の中盤まで、よく集中ができた。彼の中で今日一生懸命頑張っていたことは、スライドに描いた魚(マグロ)の名前の配列である。視覚的こだわりをもつA君が、すごいのは、たくさんのマグロの名前を調べたことである。そして、そのマグロの名前をワードアートで1つずつ入力し、スライドの中に、土の字のように配列していったのである。より人にわかりやすく伝えようという授業目標を考えたら、見にくいそのスライドは×である。しかし、A君の中では、すごいこだわりのある作品なのである。
〈男児B君〉
毎日のように、ローマ字入力を練習してきたB君。ノートや作文を書かせると、ほとんど書くことができない。しかし、ローマ字入力ゲームによって獲得したローマ字入力のスキルは、B君にとって、言葉の獲得のきっかけになっている。餃子を調べているB君は、「ぎょうざ」が「餃子」という漢字であることを知って、「僕、ギョウザって漢字、書けるよ。」とノートに書いてくれた。
〈男児C君〉
椅子の上で、寝転がる。自分のペースで、進む。
友だちのスライド作品をすごいスピードのクリック操作で、見る。
「そんなスピードで、わかるの?だれのがよかった?」一枚のスライドを0.2秒の速さで、フラッシュのように鑑賞。
「僕は、H君の作品が好きなんだ。」「あんなに速いスピードで見て、わかるの?」「わかるよ。」「どうして?」「だって…」「理由を言って欲しいな。言葉にして。」「理由を言って欲しいって、理由なんて無いよ。僕は、H君が大好きだから、だから、H君の作品が一番いいってわかるんだ。」「今日、工夫したことは何?」「何もない」「よく考えて、きっと新しくやったことや工夫したことがあるよ。頑張ってやっていたと思うよ。」「どうして、そう言えるの?前の僕と、今日の僕と、どうして比べることができるんだ。何もわからないくせに。僕、工夫したことなんて何もない…本当に何もないんだよ。」普段、決して見せない、C君の涙。内省するとき必ず流す。悔しくて。プライドの高いC君。
〈男児D君〉
離席して、じっとしていられない。終了時、振り返りカードの指導。「今日、どんなことやったかな?」「今ね、一生懸命考えてるよ。」目をつぶって、考えてる(?)。「んーっ。」考えている。「じゃ、先生が少し質問するよ。」「どんなことが面白かった?」「えっと、いろいろなものをつかって、工夫して考えて、作ることができた。次は、今日できなかったことを、頑張りたい。例えば、…」質問に対して、少し的が外れた回答ながら、普段、あまりしゃべらないD君が獲得している語彙力に少し驚く。その発話をすらすら記述するその速さにも、驚く。「よく、書けたね。つぎも頑張れるね。」
〈男児E君〉
「あーもうだめ、全然できないから。やらないよ。」コンピュータ室のカーペットに寝ころぶ。「どれどれ、どこまでできた?すごい。できてるじゃん。よく頑張ったね。」色調感覚がいつも特異なE君の作品のスライドは、虹色の背景色と、同系の色のコントラストが異常特異。文字の重なりがわからない。「ねぇ、このスライド、2メートル離れて、見てごらん。この文字、読める?」「読めない」「どうしてかな。色を変えてみるよ。どう?」「よく見える」「そうだね、E君、色には、よく見える組み合わせがあるよ。」
〈女児Aさん〉
集中力に欠け、すぐに別の行動をする。スモールステップ法での指導。「さぁ、どのくらい頑張れるかな。1枚目のスライドができたら、新しいこと、教えるよ。いろいろな色の文字の作り方ね。」時計を見ながら、他の子を回り5分後にAさんのところへ。まだ、できていない。「あれ、おしゃべりしていたの。まだできていないかな。がんばって。じょうずに入力できてるね。Aさん、すごいよ。」再び、2分後、Aさんのところへ。「さぁ、頑張ったから、新しいいろいろな色の文字ね。ここをクリックして、また、クリックして、またクリックして、ほら、きれいでしょ。選んでね。この次は、ほら、この形いろいろ使えるところ、教えるよ。頑張って。」3分後、Aさんのところへ。「よくできているね。もう一枚で完成だよ。」
〈女児Bさん〉
やはり集中力に欠け、気持ちが拡散してしまう。人のやっていることが気になり、今やっていることを忘れてしまう。「Bさん、お友だちのやっていることと同じこと、やりたいの?そうだね、楽しそうだよね。じゃ、Mさん、今やっていること、やったらすぐ、先生呼んでね。すぐに教えてあげるからね。」「先生」「すごいね、速くできたね。じゃ、スキャナの取り込みの方法ね…」
軽度発達障害ではないが特異行動児童への支援
〈男児F君〉
制止しないとずっと、しゃべり続ける。ひとつのことから、必ず家族のことへ。コンピュータ室での授業では、各自の課題遂行時間なので、少しだけ、好きなようにしゃべらせる。
「僕ね、なぜ、ゴーヤを調べたかというとね、ゴーヤが好きなんだよ。調べたらね、ゴーヤのおみそ汁とか、ゴーヤのチャーハンがあってね、美味しそうだったよ。お母さんに作ってもらうよ。今日はね、飲みに行くんだよ。お酒は飲まないけどね。ジュースだよ。」
「F君、楽しそうだね。好きなゴーヤのこと、スライドにしてみようか。」
《この授業が成立する理由》
・学習環境空間による効果
コンピュータ室はO型のレイアウトからなる。そこでの子どもたちの活動パターンは、普通教室よりも自由度が高く、動くことができる。コンピュータを使用した子どもたちの学習活動が、背後から、よく見える。教師にとっては、観察しやすい。また、子どもたちの動的活動があった場合、(離席して、動き回ったとき)、制止しやすい。
・学習過程の可視化による効果
コンピュータによる制作活動は、その学習活動が可視化され、それは、児童にも、教師にも、その過程を確認することで、評価ができる。(児童にとっては、自己評価)
支援児童の学習過程の観察からのつまずきや、障害度を教師自身が理解することで、より有効な指導ができる。
・協調学習による効果
子どもたちに学び合いを示唆する。コンピュータ操作は、小学3年生にも充分教え合える。このことは、T1T2の教師のみならず、子ども同士の学びが成立する。
《この授業が成立する条件》
・児童のコンピュータ操作スキル
コンピュータによる学習は、やはりその操作スキル、特にキーボード操作ができればよいが、必須条件ではないと考える。その授業プランによっては、音声入力や、入力デバイスを用いない方法など、充分考えられる。
・教師のコンピュータ操作スキル
教師が操作することはほとんど無いが、PowerPointの操作方法スキルが必要である。しかし、それよりも、児童への学習態度指導や支援児童への対応や専門性がより重要である。支援児童の指導時にも、常に、クラス全体が見える指導ができることが必要である。
《なぜ、ICTなのか》
・学習活動・過程の可視化
・協調学習
《これからの視座》
従来、障害児へのコンピュータ学習は、児童にあったプログラム学習が中心であった。ここでは、それら、ある意味では、汎用性に欠ける障害児用のプログラム開発ではなく、どこでも誰にでも対応できる授業プラン開発が重要であると考える。既にある学習環境の中で、より有効なICT活用方法を考えることに着眼していかなければいけないと考える。
そこでのキーワードは、「協調」と「可視化」である。そして、これだけ、いろいろな発達障害をもつ児童がいるクラスを経営する担任教諭にとって、子どもたちの指導の中でICTを活用することの有効な活用理由に、「観察の効率性」を挙げたい。