心理学と教育実践の間で
佐伯胖、宮崎清孝、佐藤学、石黒広昭 東京大学出版会
同僚に「先生にならないの?」(現場に戻らないの?)と言われて、躊躇する。このセクションにいて、今の立場は、きっと、中途半端なんだろうか…。
研究者であり、実践者であること。今の私の立場を、本書が明示してくれる。
教員という学びのプロであるなら、やはり、学びの中で、追求していくこと…。
情報教育から、教育を見つめながら、工学と教育が融合した教育工学を専門にしたいと、アクションリサーチとしてのアプローチで現場にいたいと考えた。それは、エスノグラフィーの手法としての教育心理学研究者の対極にいた。
=心理学からの越境へ=
本書の中で、佐藤学先生は、
アクションリサーチの発展は、旧来の教育心理学の越境を追求することとしている。
レヴィンの提起した「活動科学(action science)」は活動(実践)と研究(理論)とを二つの領域にわけ、その担い手を教師と研究者に二分してきた近代科学、近代の教育の枠組みを破砕する契機をその内側に秘めていること。教育心理学の脱領域化は、教育実践者としての教師と、理論を追求している研究者は、同一になること。
更に、アクションリサーチの教育への実践的探求手法を洗練させ、教育実践を創造する専門家の共同体を形成すること。
佐伯胖先生は言及する
心理学は19世紀的な意味での科学(原理や法則を実証的に確立する学)ではなく、人間の活動の生きた姿をできる限り正確に描き出し、そこから、実践上の意味を多様に引き出せるような表象(representation)、表記(inscriprion)を提供しつつ、現実に即して修正し続けることに徹するべきだと信じる。
さらに人が何であるか、世界が何であるかという「知(knowing that)」と、いかに振る舞うべきかの「知(knowing how)」は、実践活動の「捉え直し」を得て、実践としての位置づけ直すことで、心理学は教育実践だけでなく、人間のあらゆる実践と協力関係を保ち、一体となって、豊かな文化の享受(appreciation)と創造(creation)に参加していくのではないだろうか。
私がかつて、傾倒したピアジェがまさしく、実践研究者だったと思う。
そして、教育の現場で、多くの実践研究者としての先生方に出会えたことが、何より私がこの教育界に立脚していこうと思えていること。そうした先生方にたくさん、ご指導頂きながら、専門家の共同体の中で、多くの実践活動の「捉え直し」(佐伯先生は、これこそが本来の学びという)を、日々、追求していきいたいと思う。
最後に、佐伯先生が教育工学に警鐘していること…
先生の恩師村井実慶大名誉教授の言葉
教育工学というのは、本来は、君が悩んできたように、『教育的であろうとすること』と『工学的あろうとすること』の間の矛盾や葛藤を正面から引き受け、その間で何とか新しい活路を探し出そうとする学問であるはずだ。
佐伯先生は、この言葉を受けて、教育工学が目指してしまった「工学的手段を利用した教育」研究、教育を「工学的に」分析、評価、設計する研究を疎んじている。教育を必要に応じて、「工学的な視点で」見つめること、その「工学」自体を、もって「教育的なまなざし」で見つめていくこと。
先生方と一緒に、見つめるものは、子どもたちの未来にある科学技術の中で、今、何を子どもたちに教育してあげることが大切なのかということなんだろう。先端技術を学びながら、私が現場にフィードバックしたいと思うことは、ここのところなんだなぁと、あらためて思う。