背景
平成12(2000)年, 当時の森内閣が打ち出したIT基本戦略の中で,文部科学省(当時文部省) は,「ミレニアム・プロジェクト」として,「情報化による教育立国プロジェクト」を立ち上げた.このプロジェクトは,「教育の情報化」と呼ばれ, インターネット接続可能な環境整備, 教育用コンテンツの充実,IT 指導者としての人材育成を目指し, 教育界にIT旋風を巻き起こした.その後の更なる政府のIT戦略により, ITを活用する教育環境は着実に整備されてきた.現在,通常学校においては,児童生徒,教員にも,コンピューターをはじめとしたICT(Information Communication Technology=情報通信技術)の活用は, 常用的になりつつある.
教育の情報化に関する手引き(文部科学省2009)では,特別支援教育における教育の情報化によって,特別支援学校におけるICT活用について,次のように明示されている.これらから,今後,特別支援学校においても,ICTをはじめとしたAssistive Technologyの教育的意義が問われていくと考える.
1.特別な支援を必要とする児童生徒に対応した情報化と支援
1.1一人一人の教育的ニーズと支援
コンピューター等の情報機器は,特別な支援を必要とする児童生徒に対してその障害の状態や発達の段階等に応じて活用することにより,学習上または生活上の困難を改善・克服させ,指導の効果を高めることができる有用な機器である.
情報化の推進は,特別な支援を必要とする児童生徒の移動上の困難や社会生活の範囲が限定されがちなことを補い,学校や自宅等にいながらにしてさまざまな情報収集:・共有できるという大きな社会的意義をもっている.また,インターネットをはじめとするネットワークの世界は,国籍,性別,障害の有無を問わない開かれた世界であり,そこに参加していくことは,障害のある人の積極的な社会参加の新たな形態のひとつということもできる.
しかしながら,コンピューターをはじめとする現在の情報機器が必ずしもすべての人々に使いやすい使用になっているわけではない.そこで,ここの身体機能や認知理解度に応じて,きめ細やかな技術支援方策(Assistive Technology)を講じなければならず,そのための研究開発やさまざまな事例を基にした教育課程の研究が期待される.
1.2教育におけるAssistive Technologyの意味
障害による物理的な操作上の困難や障壁(バリア)を,機器を工夫することで支援しようとする考え方がAccessbility あるいは,Assistive Technologyである.これは障害のために実現できなかったことをできるように支援するということであり,そのための技術を指す.これらのAssistve Techonlogyを充実することによって,結果的にバリアフリーを実現しようとすることである.
リハビリテーション分野における支援機器の活用は,少しでも利用上の利便性を高めることをめざすものとなるが,学校教育では,個々の児童生徒の成長や発達を視野に入れて,少し高度な目標を学習課題とすることもあり得る.学校教育におけるAssistive Technologyは,個々の児童生徒の指導目標や指導内容を記した個別の指導計画にそって実施されることが大切である.それは,単なる機能の代替にとどまらず,教科指導なども含めたさまざまな学習活動を行ううえでのAssistive Technologyということになる.よって,より個別性が高く,また,児童生徒の成長や発達に応じて絶えずきめ細かな調整が必要になる.
2.教育理論とAssistive Technology
2.1実証主義と構成主義
実証主義の見方では,現実は,人と独立した世界に実在している.一定の方法に基づいた実験を行い,世界の一部を切り取り,分析することで現実をみる.現実をこころに正確に写しとったものを知識と考える.人の心は本来空っぽであり,だから,教師の役割は,その心に現実をコピーすること,つまり,知識を与えることが学習であり,その知識を蓄積することで,学習が進むと考える.教室での授業は,授業者による提示と,学習者による反応,さらに学習者反応へのフィードバックという3方向のコミュニケーションから成り立つと考える.
一方,構成主義では,現実は人が世界と交わることで構成されると考える.つまり,人と独立した現実は存在せず,構成主義では,世界を理解することは,人間の認知的活動が起こる以前にはありえないとする.学習は,意図的で主体的な行為となり,意図,行為,反省の相互作用による活動と見なされる(Jonassenn2000).学習者は世界と関わりを持ち,知覚によって,思考を深めようとする.そこでは,行為と思考は,一体であり,世界を意味づけるための活動となる.
2.2構成主義に基づく教育理論
構成主義に基づく教育理論は,80年代後半マルチメディア技術の発展に伴い,コンピューターを教育に活用することと連動して注目されはじめた.21世紀に入り,急速なICTの進展とともに,教育改革での総合的な学習の導入により,構成主義に基づく教育の重要性がさらに認識されるようになった.教育分野での構成主義は,ピアジェ,ヴィゴツキー,デューイが見直される中で,注目される.構成主義においては,教育分野だけでなく,社会学,心理学の分野,人文社会科学のすべての領域で従来のアプローチに代わるラディカルな方向を示す思想として拡がる.
現代では,構成主義は多様な立場や視点をもち,多様な議論の根底には,現実は,社会的に構成されるという基本的前提があることに注目する.教育分野では,「学習とは主体的に意味を作り出していくプロセスであり,単なる知識の転移ではない.」ということである.
さらに,知識は状況に依存され,おかれている状況の中で知識を活用すること意味があり(),学習は共同体のなかでの相互作用を通じて行われる.ヴィゴツキーの発達の最近接領域理論での最近接領域とは,子どもがひとりでできるレベルと誰かの介助,何かの道具を媒介すればできるレベルとの間の領域を意味する.ブルーナーは,このヴィゴツキーの理論をもとに,子どもが課題に取り掛かるときの教師や年長者との適切なコミュニケーション,必要に応じた助言,援助などの支援をうけることの重要性を説く.レイブとウェンガーは,正統的周辺参加論で,実践コミュニティへの参加プロセスから,新参者が次第にそのコミュニティの中で,重要な役割,仕事を担っていくという中に学習があるとする.
3.Assistive Technologyの教育への可能性
教育活動理論に基づいて,考えていくと,Assistive Technology の役割は,教授者と学習者をつなぐコミュニケーション媒体であるといえる.実際に,すでに教育活動の中,授業活動の中で,使われているAssistive Technologyには,コンピューターをはじめ,実物投影機,拡大鏡などある.特に,Augmentative and Alternative Communication (AAC)とよばれる拡張,代替コミュニケーションは,例えば,コミュニケーション障害の原因で,言葉が話せない,耳が聞こえない,言葉が理解できないなどの障害のある人たちのコミュニケーション確保のためのAssistive Technology であるともいえる.
ASHAの定義では,AACとは,表出障害のある人々の形態障害や能力障害を保障する臨床活動の領域からの研究で,多面的アプローチから,個人のすべてのコミュニケーション活動を活用して行われる.残存する発声,会話機能,ジェスチャー,サインエイドを使ったコミュニケーションが含まれる.
表現方法による分類をすると
○サイン系→サイン言語,身振りサイン,ジャスチャー,手話など
○シンボル系→図形シンボル,絵,写真,P&Pなど
○VOCA(Voice Output Communication Aids)→ビックマーク,トーキングエイド
視覚障害の人には,使えることと使えるコスト(体力)の調整を考え,拡大鏡モニターを使って,大きく見えるようにしたり,肢体不自由の人には,コンピューター操作時,キーボードのキーに,穴を開けたり,また,発話ができない人には,よりわかる呈示における,本人が使いやすいシンボルの選択をさせたりして,コミュニケーション活動を拡張させたり,代替させたりする.また,子どもたちの能力に焦点をあてるものばかりでない.子どもなりにできることを認め,代替手段として,活用する.繰り返しや,場面の流れを少しずつ呈示する.これらのことによって,自信につなげたり,こうした自己効力感(セルフエフィカシー)をもつことで,例えば,訪問教育から,学校へいきたいと思う気持ちの産生や増長を促すことにも,つながる.
自閉症の人には,手段だけでなく,デフライベーションによる,要求をあえて,表出させるために,不完全な呈示をしたり,援助を遅らせたり,間違った呈示により,過ちを教えたり,リレイド(relaid),プロンプト(prompt)の方略も重要になる.言語は他者に基本的に伝える手段として変化してきた.しかし,ある手段が使えるかでなく,他の手段を使うことで実現することもある.表出できない障害のある子どものために,工夫するものが必要になるだろう.例えば,シンボルを利用したPECSの絵カードなどによって,コミュニケーションの新しいストラテジーを障害のあるひとに提供することができる.
4.障害への理解
Assistive Technologyを考えていくとき,障害の理解が重要になる.
ヴィゴツキーは,子どもがもっている能力に注意を注いだ.そうした能力は子どもの可能性を開発していく基礎を形作るものであり,ヴィゴツキーは,子どもたちの欠陥ではなく強さに注目した.また,彼は,検査得点に反映される一次元の心理的特性から障害のある子どもの単純な数量的記述を拒否した.そのかわりに彼は子どもの行動の特別な組織化の質的記述を行った(Luria).
例えば,聴覚障害の子どもたち特定の文章表現の中での手話がある.教えるべきことが先にあるようで,本来は,子どもたちが今何をやりたいのか,何をしたいのかを捉えることが大切である.子どもたちの支援を考えていく時,子どもたちの将来において,希望をもっていくようにする状態をつくり出すこと,そのためにどうするのか?
特別支援教育におけるAssistive Technologyを考えていくとき,こうした障害への理解は重要になってくる.
引用文献
ASHA http://www.asha.org/public/speech/disorders/AAC.htm
Jean Lave, Etienne Wenger 佐伯胖訳 状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加 産業図書出版 1993
Jerome Seymour Bruner 可能世界の真理 みすず書房 1998
Jonassenn, D. Land,S. Theoretical Foundation of Learning Environments. London
Lawrece Erlbaum Assocheiation, Publisheers 2000
教育の情報化に関する手引き 文部科学省 2009
久保田賢一 構成主義が投げかける新しい教育 2008
Lev Semenovich Vygotsky 土井捷三 神谷栄司訳 「発達の最近接領域」の理論―教授・学習過程における子どもの発達 三学出版 2003