はじめに
新学習指導要領(文部科学省)では,小学5・6年で週1コマ「外国語活動」を実施することとし,平成23年度から,完全実施される.外国語活動は,主に英語学習で,音声を中心に外国語に慣れ親しませる活動を通じ,言語や文化について体験的に理解を深めるとともに,積極的にコミュニケーションを図る態度を育成し,コミュニケーション能力の素地を養うことを目標とされ,全国の全ての小学校で実施されることになる.現在,AAC(Augmentative and Alternative Communication)として,Symbolを使った指導法による英語学習として,モバイル(iPod, iPhone, DSなど)を活用した開発が進む.附属聴覚特別支援学校での聴覚障害教育の言語指導の実践研究から,コミュニケーション能力と言語形成指導に,通常学級の中にいる読み書き障害の子どもたちへの指南があるのではないかと感じてきた.
1.外国語活動と読み書き障害
読み書き障害においては,英語圏では,ディスレクシアと呼ばれ,読み書きにかかわる脳の部分的な機能不全が由来するとされる.ディスレクシアは,アルファベットを使用する言語圏に出現率が多く,英語圏においては,9〜10%(Rodgers,1983;Katusic, Colligan, Barbares, et al., 2001),日本においては,山田ら(1993, Miles 1993)が,バンゴーディスレクシア検査を併用して9歳から10歳児125名中8名(6.4%)に見いだしている.
英語と日本語の出現率の差は,言語における表記と音素の対応の違いだとされる.日本語の仮名文字は,表記と発音の間に一対一の対応があり,英語の場合は,アルファベット26文字に,44の音があり,音-文字の変換に困難がある(苧阪,1995).現在,多くのディスレクシア研究は,音韻認識の処理の部分に焦点が当てられた研究である.
新学習指導要領でうたわれる外国語(英語)における言語活動の特徴は,「音声による」言語活動を中心とした指導法が取り入れられることである.フォニックス学習法と呼ばれるメソッドもそのひとつで,このメソッドは,読字初期の段階でも,新出単語であっても,発音が可能で,「学問的正確さ,緻密さが目的でなく,あくまでも子どもに分かりやすく,楽しく,しかもそれを必要としている子どもに役立つように考案されたもの」(松香,1981).音素の学習(英語は26文字のアルファベットに44の音素),音素のまとまりの単語の学習,同じ音声要素を含んだ文の学習という3つの段階をふんだ学習法である.ただ,音声言語を主としたフォニックス学習法だけでは,読み書き障害をもつ子どもたちには,難しいとされている.
今後の英語の音声による言語活動からは,音韻認識の処理を苦手とする日本のディスレクシアの子どもたちを顕在化させると考え,通常学校における発達障害は,読み書き障害に焦点があてられるだろうと考える.
2.聴覚障害教育にならう
新学習指導要領における外国語活動の導入に関しては,その導入時期が問題視されてきた.先行研究を進めていた研究開発校は,小学3・4年生での研究を進めているところが多かったが,文科省が必修科目として告示した学年は,小学5・6年生だった.第1言語である日本語習得が未熟な段階での第2言語導入を懸念する関係者もいる.新学習指導要領での外国語活動の扱いは,発達段階における第2言語の習得時期やその指導法も重要な課題になる.
言語の臨界期については,聴覚障害教育において,すでに先行研究がある.聴覚障害教育にある先行研究や手法が,今後の外国語活動の方向性などにも,活かされるのではないかと考える.
また,バイリンガル研究は,第1言語と第2言語とも,音声言語による単一モダリティの研究が主である.聴覚障害教育にあるバイリンガル研究では,口話法と,手話法のモダリティの違いによる知見や研究がされている.このことは,現在配布されている,文部科学省が作成した英語ノートとよばれる教科書や,その副教材のほとんどは,絵カード(Symbol)を使った指導で,視覚的,聴覚的な学習をしていくことから,まだ,指導法も研究段階であるが,今後は,モダリティの違いによる認知的な検証も必要になってくると考える.聴覚障害教育が既に進めているモダリティの違いによる知見や,研究,手法が,英語学習にも活かされるのではないかと考える.特に,聴覚障害言語指導法のコミュニケーションスキルの指導での,読話指導,発音・発話指導,聴能指導などの方略が,英語学習のメソッドに活かされるのではないかと期待する.今後,具体的に聴覚障害言語指導法と,英語学習の指導法への対応を検討していく.
3.障害児への英語活動とAssistive Technology
支援学校の聴覚障害児の英語活動について,中学部の英語科では,英語の音素を,カタカナ表記で教えている授業が印象的であった.現在,モバイル端末用に開発されている学習教材は,Symbolを並べ替えして,英文を作り,VOCA機能によって,音声を出力するものがある.この教材では,Symbolの認知と,統語論,語用論に課題があるが,7000のSymbolがあり,これらのSymbolも,ひとつのサインランゲージと捉えると,バイリンガルとして,口話法と,手話法を用いる聴覚障害教育では,新しいSymbolを使った英語学習を,モダリティの違いとして捉えれば,比較的容易な言語習得でないかとも考える.
■Proloquo2go
http://www.proloquo2go.com/
youtubeによる製品説明
http://www.youtube.com/watch?v=BD_1sdNEwfg
また,英語の発音を練習する教材では,発音のための口の形,舌の位置などを視覚的に見せ,さらに,英語の発音の練習を録音機能を使って,反復練習ができる.聴覚に障害をもつ子どもたちへの有効性について,検討する課題は,デジタル処理される音声にある.人工内耳を装用しているお子さんには,どのくらい有効かは,まだ,分からない.今後,人工内耳の性能評価については,聴覚口話でなく,英語による検証も有効ではないかと感じる.デジタル音声による学習指導法は,聴覚障害者にはまだまだ課題があるが,障害をもつひとたちにも,新しい英語学習の指導法として,モバイル端末などの活用の可能性は感じる.さらに,そこから,読み書き障害の子どもたちに有効な新しい方略,指導法を検討していく.
■iはつおん
http://www.rakuraku-inc.com/ihatsuon/
〜09.11.14聴覚障害言語指導法〜
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後記:
研究テーマにある,人と人とのつながりは,コミュニケーションに必要な言語活動の中で,Assistive Technologyがどれだけ有効かというところにもあります.近年,携帯電話の普及からモバイル端末によるコミュニケーションツールは,どれだけ,障害をもつ方たちを支えているでしょうか.聴覚に障害のある人も,外国語をつかって,世界の多くのひとたちとコミュニケーションができることや,広がる世界の中で,子どもたちが,一歩,外に踏み出せたら・・・と考えると,そこに必要なことは,サインなのか,音声なのかという論議よりも,伝えたいという子どもたちの気持ちを支えてあげることが大切なのではないでしょうか.そして,そうした想いは,相手がいてはじめて,成立します.
聴覚障害教育での言語活動は,コミュニケーションのための「ことば」以上に,人間の営みにとって,「ことば」がどういう意味をもち,聾社会を越えた世界に,子どもたちをどう導くのか,「人間にとって,「ことば」は必然性があって生まれ,伝えたい想いがあって,「ことば」は発展します.」・・・校長先生の講話をはじめ,支援学校の先生たちのご尽力の一端を見せていただきながら,教育の意味に,あらためて,人の存在を感じています.人の出会いが,子どもたちを成長させることを,特別支援学校からも学んでいます.コミュニケーションに必要なAssistive Technologyは,まず,人と人とをつなげることを目標にした進歩が必要なのだと考えます.
参考文献
Beve Hornsby 苧阪直行ほか訳 (1995) 読み書き障害の克服 ディスレクシア入門 協同医書出版社
中山健,森田陽人,前川久男 (1997) 見本合わせ法を利用した学習障害児に対する英語の読み獲得訓練特殊教育学研究, 35(5),25-32
M.コームリー 熊谷 恵子 監訳 (2005) LD児の英語指導―ヒッキーの多感覚学習法 北大路書房 2005
四日市彰 編著 (2009) リテラシーと聴覚障害 コレール社発達障害の定義を,発達障害者支援法の定義にもとづいている(文部科学省2007).
文部科学省 学習指導要領「小学校」第4章外国語活動
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/gai.htm
参考ブログ「Dyslexia」:http://eschool.weblogs.jp/aac/2009/10/dyslexia-c914.html