本講義は.発達障害について,概論から障害について理解することが講義目的としてシラバスにうたわれている.毎回の講義で取り上げたポイントを,講義内容に加え,研究レポートとして,文献・資料を参照してまとめる.(後述)
本講義の発達障害は,学校教育,特に通常学校における特別支援教育においては,最も関心の深い障害種である.本講義で.取り上げた軽度発達障害は,既に文科省では,使用していない用語である*1.本講義では,発達障害の諸障害のうち,学習障害(LD)・ADHD・高機能広汎性発達障害について,文科省の定義からふれ,教育的アプローチとして,指導法に至るまで講義する.
研究レポートでは,学習障害における教育的アプローチと精神医学的(神経心理学)アプローチから,学習障害の診断について,考察していく.
教育的アプローチでは,通常学校における発達障害,特に学習障害概念への曖昧さがあると感じている.それらは,教育用語として用いられる時の非常に多彩な症状群のバリエーションに対して,学習障害が当てはめられているからではないかと考える.あの子は,テストの成績が非常に悪い,ほかの子より,理解することが難しいようだ,ほかの子より計算が遅い,授業中の集中力がない・・・など,周りの評価が標準化されたものでなく科学的な根拠がないことや,先生が変わることで,子どもの様相が変わるといった環境因子に左右されることが多いことなどから,実際の教育現場で学習障害を捉える時の標準的な基準の必要性がある.学習障害への曖昧さの実際は,子どもたちの障害把握だけでなく,教育相談,医療との連携の中で,子どもたちへの支援,指導法に至る時,障害をもつ子どもの詳細理解を混乱させる要因になっているとも感じる.学習障害を,教育用語として用いる場合の概念は,教育観点として,学業達成の観点を中心に捉える.そこが,ほかの障害種(視覚障害.聴覚障害,知的障害,肢体不自由)と違うところでもある.
精神医学的アプローチの場合,学習障害は世界的に広く用いられている国際診断基準のうち,ICD-10「学力の特異的発達障害」の診断基準とアメリカ精神医学会のDSM-Ⅳがある.それらは,学習障害を読字の障害,書字の障害,計算の障害として取り上げ,おのおのの定義は,ほぼ,同一で,知的能力から期待できる学業成績に著しい遅れを示すものとしている.また実際,ICD-10では,IQ70以下は除外され,知的能力と年齢から期待される学業成績とに2SDより劣ることが明示されているが,DSM-Ⅳは,記載されていないため,その診断は難しいとされる.医療機関での診断においても,学習障害においては,その診断を下すことの難しさが言われている(辻井,2000).我が国の場合は,さらに学業成績の標準化がされていないために,定義に従った厳密な診断は難しいとされる.つまり,医学的にも学習障害としての診断は,ほとんどできないのが実状である.
今後,学習障害においては,我が国における学習障害概念について検討を行う必要がある.学習障害(LD)は,読み書き障害(特異的言語障害/Dyslexia),計算障害として,神経心理学領域では扱っている.諸外国の先行研究から,精神医学的な診断基準,心理検査的診断基準,学力検査の標準化について探りながら,我が国における学習障害のための定義について,検討していく.
ここで,「我が国における」というのは,学習障害は,読み書き,計算という認知処理における障害であり,言語における認知処理では,言語特性による認知過程の違いがすでに,研究されている.そうした先行研究を踏まえて,日本語学習における読み書き障害,計算障害を捉える必要性と,外国語学習における読み書き障害,計算障害の違いを検証していく.
この先には,日本の子どもたちが,第一言語として日本語を学び,第二言語として外国語(英語)を学ぶ認知過程において,どの発達段階で,第二言語を導入すべきかの一考にもなると考えている.
これらの考察から,導く仮説と検証は,言語学習における指導法の開発にもつながると考える.
読解力に対するワーキングメモリ課題の予測力
-リーディングスパンテストによる検討-
森下正修 近藤洋史 蘆田佳世 大塚結喜 苧阪直行 京都大学
心理学研究 2007年 第77巻 第6号
pp.495-503
The predictive power of working memory task for reading comprehension: An investigation using reading span test
The Japanese Journal of Psychology 2007, Vol.77, No.6, pp.495-503
[講義まとめ]軽度発達障害の理解ーーー研究レポートはこのうち,1と3について述べていきます.
1.学習障害(LD),ADHD,HFPDD概論
文部科学省の定義
学習障害とは,
基本的には全般的な知的発達に遅れはないが,聞く・話す・読む・書く・計算する・または推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである.学習障害は,その原因として,中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが,視覚障害・聴覚障害・知的障害・情緒障害などの障害や,環境的な要因が直接の原因となるものではない.
ADHDとは,
年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力,および/または,衝動性,多動性を特徴とする行動の障害で,社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものである.また,7歳以前に現れ,その状態が継続し,中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される.
高機能広汎性発達障害(HFPDD)とは,
3歳位までに現れ,
1)他人との社会的関係の形成の困難さ,
2)言葉の発達の遅れ
3)興味や関心が狭く特定のものにこだわること
を特徴とする行動の障害である自閉症のうち,知的発達の遅れをともなわないものをいう.また,中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される.
2.算数障害と指導法
子どもの算数困難を見るときに,数処理,数概念,計算,文章題は重要な要素である.
数処理には,
数詞‐数字‐具体物の三項関係がいくつまで成立しているか,相互の変換はどうかという問題を含む.
数概念には,
数を順序として理解する基数性と数を量として理解する序数性という2つの性質がある.
計算には,
暗算と筆算という2つの視点が必要であり,前者には,数的事実に関する記憶の困難が主に関係しており,後者には,手続き的記憶の困難が主に関係している.
文章題には,
スキーマ理論によると,大きく問題理解過程と問題解決過程とに分けられ,前者は,変換過程,統合過程にさらに分けられ,後者は,プランニング過程と実行過程に分けられる.認知‐情動モデルも重要であり,これは,文章題解決過程を認知方略、メタ認知処理、情動要因の3つに分けてみている.
3.読み書き障害と指導
3CAPSモデルの解説
PASS理論の解説
刺激等価性
読み書き障害が困難な子どもに対して,文字,音,意味という3つの関係を直接的に音ー文字の対応が成立しないときに,音‐意味,意味‐文字との対応関係を学習させることによって,最終的に音ー文字対応を学習させることができる.
4.ソーシャルスキルトレーニングの基礎
発達障害領域における理論は,行動理論に対応する.
精神発達遅滞(以下MR)に対するSSTの分類(Rogerら1985)
1)身体運動的社会的スキル(Motoric-Physical Social Skills)
・重度から中等度あるいは重複障害をもつMR対象
・手を振る,礼をする(ノンバーバルな社会的相互交渉などをターゲットスキル)
・スモールステップに分けた課題
・食べ物などで強化
・社会的強化
→(オペラント条件付け)
2)社会的スキルと行動(Social Skills and Behaviors)
・中等度から軽度MRを対象
・仲間との相互交渉,アイコンタクトや会話スキル,適切な対人的行動
・モデリング・ロールプレイなどの社会的学習理論の技法
→(社会的学習理論)
3)認知社会的スキルと行動(Social Cognitive Skills and Behaviors)
・中等度から軽度MRを対象←かなり難しいと思う
・セルフモニタリングや問題解決行動(共感的反応や適切な話題を選ぶ会話スキルなどの高度な対人スキル)
・認知行動療法的アプローチ←かなり難しいと思う
→(認知行動療法)
5.小集団場面の指導
社会的スキル訓練のアセスメント
4つの視点
1)何の目的で行うか.
標的行動選定および介入効果検討
2)どんな基準で行うか
3)誰によって行うか
4)何を測定するか
非言語行動と言語行動の測定が必要
子どもの社会的スキル指導で用いられる代表的な社会的スキル
1)主張性スキル
・相手にして欲しいことをリクエストする
・自分の感情や意見を率直に表現する
・不合理な要求を断る
・他人の意見に賛否をはっきり示す
・アイコンタクト,声の大きさ,話の反応潜時と接続時間,微笑み,表情を適切に表す
2)社会的問題解決スキル
・問題に気づく
・立ち止まって考える
・目標を決める
・可能な解決策をできるだけ多く案出する
・それぞれの解決策から生じる結果について考える
・最もよい解決策を選ぶ
・この解決策を実施するための計画を立てる
3)友情形成スキル
・相手の話を聴く
・質問をする
・相程を賞賛,承認する
・遊びや活動に誘う
・仲間のグループにスムーズに加わる
・協調的にグループ活動に参加する
・援助(手助け)を申し出る
・順番を守る
・分け与えをする
・遊びや活動を発展させるコメントや提案をする
・仲間をリードする
6.教育相談
カウンセリングマインドとは
傾聴:相談者の話にじっくりと耳を傾ける姿勢
共感:ある事柄に相談者が感じていることを相談者が感じているように相談担当者自身もともに感じる姿勢
受容:過去から現在までの相談者の経験してきたことや思い・考えなどを肯定的に認める姿勢.
カウンセリングの3段階
1)リレーションをつくる(ラポールの形成)
2)問題の核心をつかむ
5つの言語的スキル
・受容:クライエントを決して批判したり,ジャッジを下したりせず,許容する雰囲気を作りながら話を聴く(傾聴)
・繰り返し:クライエントの話を要約しながら投げ返す.話を聴いていることを了解させる,自分自身で確認させる
・明確化:言葉になっていない部分を言語化して投げ返す.自己理解を深め,受容の満足度を与える.
・支持:肯定,承認
・質問(リード):クローズドクエスチョン,オープンクエスチョン
7つの非言語スキル
・視線
・表情:感情と一致,笑顔
・ジェスチャー:言葉に合わせる,慎み深い
・声の質,量
・席の取り方:対面,90度
・言葉遣い:丁寧に
・服装身だしなみ
7.個別の教育支援計画・指導計画
1)個別の指導計画とは
児童生徒一人一人の教育的ニーズに対応して,指導目標や指導内容・方法等をもりこんだもの
教師自身の目標設定や指導方法の力量を高める
・集団の中の個をみる観察視点
・個の成長や課題を時間経過の中でみる視点
・優先課題の選定,指導内容の整理
・児童生徒の記録をとる
・見直し,修正
関係者(保護者,教科担任,学習支援員など)とのコミュニケーションが生まれ,周囲が共通理解のもとに協力できるようになる
2)個別の指導計画の基本
実態把握→目標設定(長期/短期)→指導計画の作成→指導の展開→評価
3)ガイドライン
用語について
保護者に通じやすい言葉を使う.見本,手本といった単語は,同じシート内で,統一する.具体性にかける単語は避ける.
4)作成のプロセスと連携
校内委員会,支援会議の場での意見交換
実態把握→作成→評価のプロセスで保護者の意見を取り入れる
教師と保護者が1つの援助チームになる
貢献意欲の高まり
コミュニケーションの深化
8.巡回相談
巡回相談員の役割
・対象となる児童生徒や学校のニーズの把握と指導内容
・方法に関する助言
・校内における支援体制づくりへの助言
・個別の指導計画の作成への協力
・専門家チームと学校の間をつなぐこと
・校内での実態把握の実施への助言
・授業場面の観察 等
巡回相談員に必要な知識と技能
・特別支援教育に関する知識と技能
・発達障害に関する知識
・アセスメントの知識と技能
・教師への支援に関する知識と技能
・他機関との連携に関する知識と技能
・学校や地域の中で可能な支援体制に関する知識
・個人情報の保護に関する知識