1.外国語活動とコミュニケーション
新学習指導要領(文部科学省,2008)では,特別支援学校中学部の外国語科において,生徒が英語などの外国語に親しむことや外国語の文字に興味をもち簡単な外国語の表現に関心をもつことを通して,外国語や外国への関心を育てることを目標とし,「英語とその表現への興味や関心」「英語での表現」とした内容に改訂されている.また,小学校では,小学5年生から「外国語活動」を実施することとし,平成23年度から,完全実施される.
こうした新学習指導要領における外国語活動の改訂は,その背景に言語教育における世界的なパラダイムシフトが影響している(Jack C. Richards,2007).教授法に関しては,フォニックス学習法,パターンプラクティス,ダイアログ暗唱などの従来のオーディオリンガルメソッドを見直し,コミュニカティブメソッドへ取り組みが重視される. 実際の言語使用の場面や言語の機能的側面に焦点を当てた状況的教授法である(義永,2008).
第2言語習得に関する課題は,バイリンガル教育という2つ,またはそれ以上の文化や経験の世界の中で,子どもたちの思考がより柔軟で,なめらかで,正確になる可能性を秘め(Colin,1996),外国語活動に関する言語教育においては,言語に対する意識を高め,コミュニケーションにおける感受性を高めるための指導法の開発と学習支援が必要になる.
また,近年増加している発達障害,とくに言語習得,コミュニケーションに課題がある子どもたちの支援のために,一人ひとりに適応した学習支援が求められる.
2.AAC(Augmentative and Alternative Communication)システム
障害科学の研究領域では,AACシステム理論に基づくコミュニケーション支援の研究がある.AAC(Augmentative and Alternative Communication=拡大代替コミュニケーション)とは,話し言葉と書字を含む言語の表出,または理解が困難な障害をもつひとのための,一時的もしくは永続的な機能障害,活動制限,参加制約について,必要なときに補償するシステムである(American Speech-Language-Hearing Association,2005).研究,臨床と教育的実践の領域の中で,従来から,失語症,自閉症,脳性麻痺などのコミュニケーション障害者へのコミュニケーション支援の方法として,研究が進められてきた.
Van Dijk(1965)のコミュニケーションプログラムでは,コミュニケーション発達段階にあった指導手続きの7段階中の中で,5段階めの共同活動後期に絵カードなどのシンボルを活用したAACシステムによる指導法が明示されている.
Wilkinson,K.M.& McIlvance,W.J.(2002)は,AACシステムでの,写像性(シンボルと対象との視覚的類似性,その間の関係性)の問題,刺激構成の問題,語彙自体の構成,語彙同士が提示される関係の問題から,コミュニケーション学習において図示記号を使うことの配慮することを示唆し,絵カードなどのシンボル活用では,図示記号を学習する際の長所と短所として,以下をあげている.
長所としては,語彙を検索する際に必要とされる記憶の役割が軽減されることである.単語と手話は,動的(揮発的)なものであり,繰り返さなければ,消えてしまい,単語や手話を産出するために,話し手は,自分の記憶から該当する記号を検索しなければならない.対照的に図示記号は時空間的に静的(不揮発)なもので,いつでもディスプレイ(表示)・ページ上で参照可能な状態にある.そのため,学習者は語彙を検索するために,ディスプレイ・ページ上から,参照可能な記号をスキャンするだけですむ.
音声表出記号と,図示記号における語彙の呼び出し・ルートの違いは,認知心理学に
おける再生(recall)記憶と,再認(recognition)記憶との違いに相当している.再生記憶では手がかりがほんのわずか,あるいは全くない状態で,記憶から該当する項目を検索しなければならない.一方,再認記憶では,該当する項目がまず提示されて,それが記憶の手がかりとして使用される.再認記憶課題は,たとえ幼児や障害をもっている人であっても,再生課題よりかなり簡単なものである(Hamilton,R.,& Ghatala,E.,1994).学習者は,再生より再認のほうがより有効な点を生かし,探している図示記号をディスプレイ上に見つけるまで,その画面上に目を走らせるだけでよい.つまり,記憶や語彙検索に問題がある人たちにとって,語彙検索にかかるコストの軽減は有益なことなのである(Light,J.,& Lindsay,P. ,1991).Kravitzら(1996)の報告では,表出のための手話と絵の両方を使用している人は,手話を使う場合より,絵を使う場合の方が長く文章を産出する.それは,ボード上に絵が提示されているため,検索が促進されていることによる.
短所としては,音声や手話によって,求められるものと別に,操作を必要とすることである(Light,1997).ディスプレイから直接選択ができない肢体不自由児などは,補助具を使用して,ディスプレイー上の記号を選択することが大きな負担になっていた.また,コミュニケーション装置を使用するためのスキル,例えば,スイッチを入れる,バッテリーを充電する,異なるディスプレイ・ページに移動させるなど,補助付き記号は,音声や手話の運動的・認知的制限を除去するものの,使用することに関しては,別に付加するスキルが必要であった.AACシステムでのメッセージを準備する速度の研究(Calculator,S., & Dollaghan,C. 1982;Farrier, L.D., Yorkston,K.M., Marriner, N.A. &Beukelman,D.R.,1985;Light, J., Collier, B., & Parnes, P. ,1985a,1985b;McNaughton,D., &Light, J. ,1989)や,記号とディスプレイの大きさの研究,(Mizuko,M., Reichle,J., Ratcliff, A., & Esser, J. ,1994)など,コミュニケーション機器にある機能性による問題が多くあった.
コミュニケーション機器に依存するAACシステムにおいては,近年,操作的スキルに負担が少ないとされるモバイル端末が開発されている(Apple,2010).モバイル端末の機能性と,コミュニケーションをするための意志や意欲への喚起についての研究,タッチバネル操作と学習認知の課題はあるものの,モバイル端末は,機能性の向上だけでなく注目さています.例えば,表現豊かな(expressive)学習者(Nelson, K.1981)と呼ばれる子どもたちのもつ学習スタイル,学習方略の語彙,統語使用をはじめ,子どもたち一人ひとりの言語学習スタイルをデータマイニングの技術を使って,解明したり,インターネット通信技術を使って,一人ひとりの子どもたちの言語学習に,状況的学習の中で,恣意的な刺激を与えることで,拡大できることが期待される.さらに,これらは,子どもたちの既知学習や,潜在学習(implicit learning)にも関連して,研究が広がる(Reber,1993).
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Farrier, L.D., Yorkston,K.M., Marriner, N.A. &Beukelman,D.R. Conversational control in nonimpaired speakers using an augmentative communication system , Aufumetative and Alternative Communication,1,65-73 1985
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Jack C. Richards and Theodore S. Rogers 監訳 アントニー・アンジェイミー & 高見澤孟 Approaches and Methods in Language Teaching - second edition 東京書籍 2007
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Light, J., Collier, B., & Parnes, P. Communicative interaction between young nonspeaking physically disabled children and thierprimary caregivers: Part I-Communicative functions. Augumentative Communication,1,74-83 1985a
Light, J., Collier, B., & Parnes, P. Communicative interaction between young nonspeaking physically disabled children and thierprimary caregivers: Part II-Communicative functions. Augumentative Communication,1,98-107 1985a
McNaughton,D., &Light, J. Teaching facilitations to support the communication skills of an adult with severe cognitive disabilities: A case study. Augmentative and Alternative Communication, 5,35-41 1989
Mizuko,M., Reichle,J., Ratcliff, A., & Esser, J. Effects of selection techniques and array sizes on short-term visual memory. Augmentative and Alternative Communication,10, 237-244 1994
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