1. 学習支援とモバイル端末
学習支援としての情報通信技術は,80年代後半以降,マルチメディア技術の発展に伴い,PC(パーソナルコンピューター)を教育に活用することと連動して,注目されはじめた.その背景には教育活動理論がある(久保田,2000/2008).19世紀西欧において台頭した実証主義は,教師の役割は,知識を与えることが学習であり,その知識を蓄積することで,学習が進むと考える.一方,構成主義に基づく教育理論は,学習者が主体的な学習を進めるために,教師の役割は,学習を支援することであり,対人的コミュニケーションと共に,自己内コミュニケーション過程を通して,社会に参加していくことが学習である(Lave & Wenger,1993)とする. Vygotsuky,L,S(1971)は「子どもの言語は,はじめ,本人とまわりとのコミュニケーション手段として発生するが,そのうちこの同じ言語が本人自身の思想表現の手段として心の中でも使われるようになる.この主体の心に内在化した言語(内言)が,子ども自身の思考の基本的方法となる.そして,この内言は,子どもとまわりの人間との相互関係の中から発生する.同様に,意志もまた,この相互関係から発生する」としている.教育の中では,子どもと多く関わる教師との相互関係の大切さを示唆するものでもある.
21世紀に入り,急速な情報通信技術の進展とともに,発展したモバイル端末には,携帯電話をはじめ,iPhone,Black Berryなどのスマートフォン,DS,PSPなどのゲーム機器,Note型PCなどがある.モバイル端末は,マルチ・モーダル(multi modal)の設計思想をもつ.マルチ・モーダルは,ユーザーの置かれた場所,環境,状況に応じて,「タッチパネル」「音声認識」「手書き入力」など異なるUI(ユーザーインターフェイス)のモード(方式)を提供するという考え方である.また,モバイル端末の特性には,「可動性(モビリティ)」「通信(コミュニケーション)」「マルチモダリティ」の3つがあげられる.これらの特性を,学習支援から考えると,「可動性」によって,いつでも,どこでも,学べる環境が実現可能になる.「通信」は,友だち,先生,専門家,さらにインターネット上の情報につながることで,学習を拡げたり,データマイニングの技術によって,情報の分析,学習過程の評価を可能にする.「マルチモダリティ」は,人間の認知メカニズムの視覚,聴覚刺激として,静止画,動画,音声,文字対応による多重感覚を利用した学習者への支援が可能になる.これらの3つの特性から,モバイル端末は,学習者と他者とをつなぐコミュニケーション媒体であり,自立学習のための学習教具であり,ヴィゴツキーの言うところの子どもとまわりの人間との相互関係をつなげ,子どもの内言に寄与するツールの役割を担うと考えられる.
近年,モバイル端末による教育研究は増加している.赤堀ら(2007)による任天堂DSを使った学習支援では,モバイル端末の操作性,学習の動機づけにおいて,高い評価結果を得ている.一方で,モバイル端末によるコミュニケーション支援には,人と人の相互関係の中で媒介する場合,意思疎通のズレが生じることの課題がある(Kato,2008).障害児教育におけるモバイル端末の活用研究では,他者との相互関係を支援するAssistive Technologyとして研究が進んでいる(中邑,2009).また,Augmentative and Alternative Communication (AAC)とよばれる拡張,代替コミュニケーションとして障害者支援では,自閉症児および脳性麻痺などの肢体不自由児のコミュニケーションツールの開発(AssistiveWear社,2009)などがある.
2. 聴覚障害と英語学習
新学習指導要領(文部科学省,2008)では,特別支援学校中学部の外国語科において,生徒が英語などの外国語に親しむことや外国語の文字に興味をもち簡単な外国語の表現に関心をもつことを通して,外国語や外国への関心を育てることを目標とし,従前「英語への興味や関心」と「英語の表現への興味や関心」を観点としていた内容を,「英語とその表現への興味や関心」「英語での表現」とした内容に改訂されている.具体的な指導内容としては,「英語とその表現への興味や関心」では,学校や家庭など,生徒の毎日の生活場面で,よく見たり,聞いたりする英語の文字,単語,名称,話し言葉や様々な表現があることに気づき,使ってみようとすることである.「英語での表現」では,英語で挨拶を交わす,簡単な動作を表す言葉を英語で話す.自分の名前を紹介するなどである.中学部における外国語科は,生徒の実態等を考慮して設けることとした教科で,高等部の段階における外国語科の学習につなぐ位置づけとなっている.また,小学校の新学習指導要領(文部科学省,2008)では,小学5・6年で「外国語活動」を実施することとし,平成23年度から,完全実施される.小学校の改訂では,外国語活動は,主に英語学習で,音声を中心に外国語に慣れ親しませる活動を通じ,言語や文化について体験的に理解を深めるとともに,積極的にコミュニケーションを図る態度を育成し,コミュニケーション能力の素地を養うことを目標とする.
こうした新学習指導要領における外国語活動の改訂は,その背景に言語教育における世界的なパラダイムシフトが影響している(Jack C. Richards,2007).教授法に関しては,フォニックス学習法,パターンプラクティス,ダイアログ暗唱などの従来のオーディオリンガルメソッドを見直し,コミュニカティブメソッドへ取り組みが重視される. 実際の言語使用の場面や言語の機能的側面に焦点を当てた教授法である(義永,2008).こうした状況をうけて,小学校での外国語活動は,中学・高等学校での学習への接続的役割から,学習の動機づけをねらったものである(吉田,2009)とする一方,小学校での外国語活動の導入に関しては,第1言語である日本語習得が未熟な段階での第2言語導入を懸念して,その導入時期が早い(大津,2004)として問題視する声もある.
こうした背景からも,聴覚特別支援学校における英語学習においても,その指導法の開発が必要になってくると考える.
言語教育におけるバイリンガル教育の研究は,日本語と英語というバイリンガルにおける研究(Colin Baker,1996,若林,2006)で,第1,第2言語とも,音声言語による単一モダリティの研究が中心である.一方,聴覚障害のバイリンガル研究では,言語の臨界期仮説(Lenneberg,1967)を,個人の能力や動機づけ,環境との相互作用によって,複雑な第2言語習得状況を生み出すとする研究(白畑,2004)や,口話法と,手話法のモダリティの違いによる知見や研究がされている.例えば,音韻表象の獲得が第2言語の語の獲得にプラスの影響を与えることが,通常の2言語習得やTC(Total Communication)教育の文脈では言われている(Leybaert,2000)が,異なるモダリティ言語のバイリンガル教育では,そう言えないという結果も出されている(Olson & Caramassa,2004).
川岡(1987)は,英語学習指導での困難さとして,文字・符号,音声・発音,語および連語,文・文型・文法の4項目の指導法について,全国特別支援学校(当時聾学校)95校(66校回答)の英語科教諭への調査を実施している.調査結果によれば,文字・符号の指導については,アルファベットの記号から音の推測ができない.大文字,小文字,ブロック体,筆記体の区別がつかない.綴りの順序の誤りがある.発声・発音については,学校により指導の偏重がみられ,発音指導においては,近似的な仮名による視覚的な補助を併用した指導をする学校が62校ある.語および連語については,スペリングの定着,意味の付随できず,ただ訳を覚え込む傾向がある.日本語の語彙の少なさが影響している.文・文型・文法については,日本語の語彙の不足により,文法が定着しない.しかし,英語と日本語における語順の違いや文のかかり方などは,授業時数(週2時間)の影響があると考えられ,週3時数の確保によっては問題ない.助動詞,疑問文,否定文などについては,機械的な覚え込みの応用がきかない傾向があり,文章使用の状況把握が苦手で,日本語にはできても意味がわからなかったり,意味はわかっていても日本語に訳せない状況がある.
左藤ら(2000)の聴覚障害児の語彙に関する文献研究によれば,聴覚障害児の語彙力の特徴として,①健聴児に比べ語彙数が少ない,②発達に伴って,語彙数は緩やかに増加する,③抽象概念や自身の生活に関連が薄い語彙などは獲得が困難であり,獲得語彙の範囲が狭い,④獲得が容易な語と困難な語がある,⑤語の意味的広がりが乏しい,⑥語と語の意味的な関連性が弱い,⑦以上のすべての項目にいて,個人差が大きいとしている.また,これらの語彙に関する文献研究は,名詞を中心にしたものが多く動詞を扱ったものが少ないことを指摘している.
我が国における聴覚障害児の英語学習における語彙研究は少ない.中西(2001)は,教育実践の中で,日本語力の習熟度別のクラスにおいて,低位クラスに図解パターンを使った文法指導を実践している.濱田ら(2007)は,聴覚障害児の読書力検査による日本語力と英語力に高い相関があることと,聴力と英語力には有意な相関が見られないことから,視覚的な手がかりを使いながら,効果的に学習を行っている聴覚障害生徒の存在を明らかにした.海外では,Jimmy Challis Gorerら(2004)が,文理解の教授法に,視覚教材のMVL(Manipulative Visual Language)を開発し,米国ギャロデッド大学において留学生の英語指導に活用されている.谷口ら(2009)の調査によれば,英語初級者より,英語中・上級者のほうが全体的な英語力が向上できるとする理由に,母国の英語学習が口話法中心であることと,視覚教材の利用法の理解をあげていることは,興味深い.
3. 日本語の言語理解と聴覚障害の言語教育
日本語の言語理解においては,実験的研究とモデル構成が,数多くなされている.例えば,発達性言語障害は,文字言語の障害であるDyslexiaと音声言語の障害であるSpecific Language Impairment(SLI)の2つがある.双方とも読みの認知モデルとして,二重経路モデル (Coltheart, 2001)とコネクショニストモデル(Seidenbergら,2003)からの研究がある.Dyslexiaは,アルファベットを使用する言語圏に出現率が多く,英語圏においては,9~10%(Rodgers,1983; Katusicら, 2001),日本においては6.4%(山田ら, 1993)と,出現率に差があることが言われている.英語と日本語の出現率の差は,書記素と音素の対応の違い,日本語の仮名文字は,表記と発音の間に一対一の対応があり,英語の場合は,音-文字の変換に困難がある(苧阪,1995)ことによる.中山ら(1997)は,書記素と音素を対応させる見本合わせ法を利用した英語の読み獲得訓練による学習障害児への効果を得ている.一方, SLIの研究では,コネクショニスト・アプローチから,音韻障害による,動詞活用,文法,語彙の獲得障害の原因となること(Seidenbergら,2003)や,脳における認知処理手続きが,複数の異なる機能をもつモジュールを組み合わせて構成されたメタネットワークによって実現される(大森・萩原,2001)ことを説明している.Kawamoto(1993),都築(1993,1996)は,文脈と独立した単語の出現頻度,文脈に依存した出現頻度,文脈の特質といったさまざまな要因が多義性の処理過程に影響をおよぼすとし,都築ら(1999)は,日本語を刺激材料に用いて並列分散処理モデルによって明らかにした.近年の認知モデルでは,意識的処理に二重経路モデルを適用し,無意識的処理にはコネクショニストモデルを当てはめた記号的コネクショニストモデル(Holyoak & Hummel,2000)がある.
左藤ら(2004)は,聴覚障害児における動詞産出を包括動詞と限定動詞という観点から,健聴児との比較研究を行っている.その結果から聴覚障害児の動詞産出傾向として,健聴児に比べ,限定動詞の産出が少なく,包括的な意味をもつ動詞を産出する傾向が強いことが明らかになった.その要因として,限定動詞の学習場面,日常生活での使用頻度の低さによること,文脈を特定化する意味をもつ語に対する獲得の困難性,特定の名詞と動詞との共起関係の固定化に関する影響を指摘している.一方,健聴児では,4歳代までで日常的な動作に関わる動詞の使い分けがほぼ可能になっている(国立国語研究所,1977).前述の左藤らによれば,日常的な動作や動きに関する動詞であっても,文脈にあわせて,より適した動詞を産出していく能力は,小学校高学年までに発達していくことが示唆された.また,包括動詞の産出数は,若干の減少傾向がみられることから,包括動詞に代わり限定動詞が産出されるようになり,日本語の社会でより一般的に用いられる表現へと発達していくことも示唆された.相澤ら(2007)は,音声言語に触れる経験の不足による言語獲得でも,統語獲得の困難さを指摘し,複文の関係節についての研究から,聴覚障害児の関係節理解においては,意味情報を利用していることを明らかにした.
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